作品コンクール受賞歴

2021年
作文コンクール受賞歴

「人権問題に関するエッセイ」
(応募総数:360作品)から佳作を受賞しました

  • 出身高校 東京都市大学付属高校
  • 入塾時期 2020年11月
  • 合格大学 ※現在在籍中

受賞作品の全文

【タイトル:FAKEではなくFACTを】

 2018年2月5日早朝、ある病気に襲われた。病名は小児てんかん。その日から僕の日常は一変することになる。一ヶ月おきにある脳波検査と血液検査、毎食後の薬服用、薬の常時携帯など、こんな煩雑な日常をおくることになった自分の運命を憎んだ。別に誰が悪いわけでもない。なのに、その怒りを誰かにぶつけようとし、またその自分の情けない姿に怒りを覚える感情をなかば諦めている自分がいた。負のスパイラルが続き、僕はすっかり笑うことが無くなってしまった。
 新年度、まだ自分に合う薬が見つかっていなかったため強い睡魔に襲われ、今まで通りにはいかないことも少なくなかったが、なんとか学校には登校できるようになった。久しぶりの学校はやっぱり楽しい。友人と毎日たわいもないことでたくさん笑えるようになった。実のところ、はっきりとしたことは分からないが、その影響からなのか脳波の検査や血液検査などの数値が軒並み安定したことを素直に喜んだ。そのことが契機となり、小児てんかんの治癒に笑うことが何かしらの影響を及ぼすのではないか、という仮説を自分なりに調べることにした。そんな経緯からこの病気に思わぬ人権問題が絡んでいることを知る。
 主に衝撃を受けたのは次の二つである。一つ目は免許取得時や更新時における制限だ。2013年6月、正常な運転に支障をきたすてんかんなどの意識障害を伴う疾患の未申告による免許取得・更新の厳罰化を定めた改正道路交通法が公布された。同年十一月には特定の病気の影響で 起こしてしまった事故を危険運転致死傷罪に問える「自動車運転死傷行為処罰法」が成立した。これにより、てんかんを持つ患者は「運転に支障が生じるおそれのある発作」が二年間、起きていないことが免許取得の最低条件となった。しかしこれは差別の助長に繋がりかねないとして医療従事者などからは強い異論が出ている。二つ目は職業選択の際の制限だ。法律上、資格や免許の適性がないことを「欠格」というが、てんかんはこれに該当するため取得できない資格や免許が多くあったそうだ。現在では差別や偏見をなくすという観点から、航空機関連の免許や狩猟免許などに絞られ、かなり少なくなっているようだが、今から二十年ほど前までは美容師や理容師の免許取得も認められていなかった。先ほども述べたようにてんかんに対する差別や偏見をなくすべく、こうした制約がかなり取り払われてきている。てんかんは一般的に薬を服用すれば、8割ぐらいの人が抑制できる。また決められた期間服用を続ければ、7~8割のひとが治癒する。こうした医学的事実があるにも関わらず、これまで挙げたような差別があったのはなぜなのだろうか。 
 理由は、てんかんに関する正しい知識が社会全体で共有できていないからだと思う。そもそも、他者の病気なんて家族や親しい間柄でない限り、自分で調べようとも思わない。しかし、もし私たちが深刻な病気に罹患しているひとを目の前にしても、他者という存在を見る目線において、その人々を「異質」であるか「同質」であるかという判断を簡単にするべきではない。その代わりに、社会全体は病気に罹患している人々に対して「並存」していく意志を持つべきだろう。世の中には病気や障害を持ち、それを自分の個性と認めようと努める人々がいる。それは差別や偏見に対する激しい抵抗とは異なり、日常の中で病気と共に生きて、並存していこうと努力する人々を指すのではないか。それなら社会全体も同じような感度をもつべきだ。この姿勢こそがお互いの人権を認め合うということに繋がるのだと思う。それが理想論で終わらないためにも、まず私たちは情報に対してもっと敏感になるべきだろう。そして正しい情報を整理し、それを確実にストックすることが必要だ。しかし、社会は鮮度の良い情報ほど惑わされやすいところがある。今回のコロナ禍では、SNSによるフェイクニュースが即座に出回り、少なからず社会全体が混乱することも経験した。コロナに罹患した人々が差別や偏見にさらされないためにも、この問題を他人事にしてはいけない。
 病気に罹患している人々に対して「異質」なのか「同質」なのか。こういった二分法に安易に頼らないためには、どれだけ正しい情報を社会全体で共有できるかにかかっている今回、僕が小児てんかんという病気に罹患したことで、そういう立場からしか見えない大切な本質が見えた気がする。人権問題は古くて新しい問題だ。過去から学ぶことも多く、その時代の社会状況によっても新しい局面をむかえる。そのたびに形が変わりながらこの問題と常に向き合うことになる。だからこそその都度私たちは発信していく必要があるのではないだろうか。大小に関わりなく、すべての声を明日以降の未来にむけて―。

2020年
作文コンクール受賞歴

「文芸思潮」エッセイ賞
(応募総数:277作品)から入選しました

  • 出身高校 横浜清風高等学校
  • 入塾時期 2020年3月
  • 合格大学 玉川大学 観光学部 観光学科
  • 合格大学 帝京大学 経済学部 観光経営学科

受賞作品の全文

【タイトル:】

 「I can show you the world Shining, shimmering splendid Tell me, princess, now when did You last let your heart …」ポン、と何かの拍子に耳からイヤホンが外れて日常にもどった。流行りのミュージシャンが歌う『美女と野獣』は、片耳から離れても健気に音色を流しつづけて、駅のベンチに座るわたしを妙に白けさせた-。 6月もなかばになり、ジメッとした重たい空気をまとう混雑した駅のホーム。月曜日の朝は憂鬱な顔しかない。日常は駅のホームに指定席を用意している。3号車乗り場に立つのはいつもこのひと、ポカリスエットの看板があるベンチに腰をかけるのはいつもあのひと。退屈な日常はいつも嫌われるはずなのに、それに愛着をもつことでしか1日を過ごすことができない人間の習性に不思議と同意してしまう。 「カン、カン、カン」聴き慣れない音がわたしの気を引く。それを白杖をたよりに歩く女性から発したものだ。周囲は女性を避けるが、白杖はゴミ箱にもあたるし、人の足にも当たってしまう。「何よ、目が見えないのかしら。大変ね、かわいそうに…」近くにいたおばさんがそうつぶやいた。スーパーのセールに目がなく、ひとを押しのけてでも商品を手に入れるようなたくましいおばさんだった。 「かわいそう?」ある過去をわたしはふと思い出す。 ショートカットで髪はさらさら。目はパッチリしているあの子、誰だっけ?そうそう、ちょっと障害をもっていた近所のAちゃん。いつもひとりで折り紙や塗り絵、迷路をしている寂しげな少女だった。「Aちゃんを遊びに誘った方がいいのかな」と周囲に尋ねたこともある。「誘ったところできっと来ないよ」と友達があっさりと答えた。「たしかに」わたしは納得してその少女を誘わなかった。いや、そこには納得したかった自分がいたのかもしれない。みずから踏み絵を用意しておきながら、やっぱりそれを踏まずにはいられない心弱き内面の矛盾を否定できなかった。 「かわいそうな子なんかじゃないっていつもママは言うよ。」どんな文脈でこの言葉を聞いたのだろう。あの頃にAちゃんを傷つけていた周囲からの嘲りを思いだすことができない。記憶が枯れてきても、この言葉だけはドロリとあたまに流れ込んでくるのだ。 目が離せなくなったわたしは、女性を誘導する白杖の行く先を追った。前方には摩擦を起こすようにすれ違う群れがいて、巣穴に入る準備をしたアリのような行列も列車を待っている。胸がハラハラした。白杖の先端はそれに気がついているのだろうか。「まもなく1番線に列車がまいります。危ないですので黄色い線までおさがりください。」 ホームのリズムが一気に変わると、女性の後方にいた長袖のワイシャツを着ている男性が小走りになった。パリッとしてシワひとつ無い几帳面な印象の中年の男性だ。疲れが抜けきらない週の始まりに絶望したような表情をしている。そのワイシャツ男の眉間にシワが寄りはじめたのは、白杖をつかう女性が目に入ったからだろう。その女性の左右は大群に囲まれていて追い越せない。おそらく通路の真ん中に栓をする“異物”にしか見えなかった。そこうしているうちに到着した電車の扉が開くと、一斉に大群がなだれ込んだ。 喧騒のさなか、男性は意図して白杖を蹴った。ビクッ、として女性の身体が一瞬硬直する。しかしまた何事もなかったように歩行をはじめた。 このシーンの登場人物は、わたしとワイシャツ男、そして白杖だけだった。蹴られた衝撃は女性に何かを伝えたが、その以上のことを教えなかった。『オレという異物にぶつかったぞ』もしくは『あんたという異物は何かをぶつけられたんだ』いずれも真意は分からないが、ワイシャツ男は白杖にある伝達を済ませたまま先を急いだ。「ピーッ、ドアが閉まります」サイレンと同時に、何事も無かったように器用に身体を折りたたんで電車に乗り込む。あっという間のできごとだった。 この世は冷たくできているのかな?その温度を肌でたしかめることはできないが、あたまには怒りだけが満たされていた。そこには言葉が省略されたコミュニケーションの残酷さだけがあった。言葉の背後にスッと身を隠しながら仮面をかぶり、罵倒や暴言のたぐいとは異なった無色透明な姿をしている。言葉は言葉を呼ぶはずだ。けれどその残酷さを説明するために言葉がどうしても集まらなかった。 わたしはふと思う。いまでもAちゃんにたいする嘲りを思い出せないのは、じつはそこに言葉なんてものが無かったのかもしれない。あったのはただ残酷が生みだされる無言の意図だけ。「かわいそうに、かわいそうよ、かわいそうだから」わたしはそれらを器用にグラデーションさせながら、ちょうどよい距離をAちゃんとの間にとっていた気がする。そういう後悔を上手に溶かすことができないまま、ここまできてしまったのだと思う。 ホームがざわめいている。白杖の女性がアリの行列に飲み込まれたのだ。音もないとても静かな衝突だった。それを目にすると、すこしずつわたしの鼓動が早くなって、抑えきれないくらいに心臓が膨らんでいく。『どうしよう、たすけなきゃ…』でも、どうしても前に進まない。すると足の指のあいだからジワッとした汗の感触を受けて気持ち悪くなった。歩くための熱量が足裏へ過剰に求められたからだろう。 やがて白杖の女性は手を引かれてカタマリから抜け出た。ひとりの優しそうな大人に導かれて。その女性はなにかを語りかけられているように見えた。 ほっとした。『これでよかった、これでよかったんだ。悪い大人もいれば、良い大人もいる。やっぱり世の中は捨てたもんじゃない』しばらくは個人的な解放感を味わっていたが、わたしはすぐに立ち止まることにした。いつも並ぶはずの5号車乗り場のラインから、いつのまにか大きく外れていたことに気づいたからだ。まるで日常を踏み外したような気分になった。 そのラインの内側にはいつもと変わらないわたしがいて、外側にはいつもとは違うわたしがいるはずだった。こっちとむこうを隔てる世界線は、ついさきほどまでわたしの目の前に引かれていたのかもしれない。拳をにぎりしめ、日常にもてあそばれた自分を殴りつけたい。 最寄り駅の改札を出て階段を降りきると、わたしを待ちくたびれたかのように、生け垣から咲き遅れたアジサイがすこし慌てて青を放ってくれた。早朝に降った雨が滴となって葉の表面をつたうが、けっして地面には落ちまいとたじろがない。アジサイのあざやかな青に必要だったのは陽光の反射をまかされた真水の存在―。 季節はずれのさわやかな風がわたしの頬をそっとなでて、ジメっとした6月の空気まで持ち去ってくれた。「カン、カン、カン」その音色が風まぎれて、静かにリフレインしながら―。

2019年
作文コンクール受賞歴

いかなごの釘煮振興協会賞
(応募総数:2761作品)を受賞しました

  • 出身高校 自修館中等教育学校(現役)
  • 入塾時期  2018年10月
  • 合格大学 【明治学院大学 文学部 芸術学科】【桜美林大学 芸術文化学科 演劇・ダンス専修】

受賞作品の全文

【タイトル:恋しくなる味】

 「ぶえっくしょい!」盛大なくしゃみをし、忌々しげに見えもしない風を睨む。三月上旬、まだまだ花粉は活発に働いている。人によって春の訪れを感じるものはそれぞれだろう。花粉症、桜の開花、そして兵庫県出身の私にとってはそれに並ぶほど、いや、それを超えるほどの春の訪れを感じさせるものがある。ピンポーン、と玄関の呼び鈴がなる。今年も段ボールに詰められて、私の「春」がやってきた。
 四時間目が終わり、いつも通り弁当の蓋を開けると横から「何それ?」という声が飛んできた。彼女が見ているのは白米の上に乗った茶色い小魚。「え、いかなごの釘煮だけど…」この時私は日本人のソウルフードだと思っていた釘煮は、お好み焼きのように全国区に広まっていないということを初めて知った。
神戸に住んでいた頃、おばあちゃんに釘煮の作り方を教えてもらった。「なあ、教えてもらった通りにやってるのにおばあちゃんのと同じ味にならへんねんけど」どうやっても大好きなあの味は再現できない。私のやさぐれた声を聞いて、「愛が足らんのちゃう」おばあちゃんは楽しそうに笑って言った。「そんなんちゃうわ!ほんまに味ちゃうんやもん、なんか隠し味でも入れてるん?」。おばあちゃんは鍋を覗きながら呟いた。「今はまだ教えられへんな、いつかな」と。おばあちゃんがなぜ隠し味を教えてくれないのか、まだ小学生だった私には皆目見当が付かなかった。
 段ボールを受け取り、玄関でテープを剥がす。わくわくして思わず口角が上がってしまう。届いたことを報告しようとおばあちゃんに電話を掛けた。「釘煮、今年もありがとう。なあ、この前知ってんけど横浜にいかなごあんま売ってないんやで」と伝えた。すると、おばあちゃんは言った。「あんたが次帰ってきたら隠し味、教えたるわ」
届いた釘煮を一口つまむ。おばあちゃんが恋しくなる味がした。なぜ急に釘煮の隠し味を教えてくれる気になったのか。それはきっと、孫の私に早く会いたいという一日千秋の想いからだろう。決めた。次の春はお腹をすかせておばあちゃんに会いに行こう。澄んだ風がカーテンを優しく揺らした。


2017年
作文コンクール受賞歴

安全振興作文コンクール最優秀賞
(応募総数:1025作品)を受賞しました

  • 出身高校 神奈川県立瀬谷高校(現役)
  • 入塾時期 2017年8月
  • 合格大学 【国際福祉医療大学 小田原医療保健学部 作業療法学科】合格

受賞作品の全文 

【タイトル:「日常」をリハビリする】

 「お前もやってみろ」と、少々荒っぽく声をかけてきたのは、元板前の老人だった。ちょうど箸をつかった奇妙な作業中に、わたしは横浜市にある病院のリハビリ室に足を踏み入れていた。理学療法士の両親が、ある病院の紹介者を通じて、わたしに病院見学を勧めたのだ。作業療法士の職業に何気ない関心を抱いていたわたしにとって、それは思わぬ形で実現することになった。
 入り口の自動ドアを抜けて待合室がある。その床に貼られたカラフルなテープは、患者が迷わないように病院内を少し大げさに誘導している。わたしもこのテープに案内され一室に入った。元板前の老人は箸をつかって豆に模してつくられた人工的な材質をつかみ取る地味な作業をくり返している。「自助具」と呼ばれるその箸は、トングのような形をしていて、リハビリ専用に作られている。声をかけてきたのはそのときだった。いつの間にか、老人にリハビリをしていた作業療法士は消えている。老人はどうやらこのタイミングを見計らっていたかのようだ。この単純に見える作業に飽きていたのかもしれない。老人が手渡してきたものは、「自助具」ではなく、ごく普通の箸だった。
 スムーズに作業を進めるわたしの本音は、やわらかく老人の話に乗る、そんな時間として受け止めた。「箸の使い方が違うな」という言葉の背後には、老人の「ある期待」のようなものを感じる。一本だけの箸だけを動かすのではなく、二本の箸を同時に動かすのが正しい、と老人は言う。いわゆる、最近の若い者は…、という皮肉交じりを感じ取ったことで、老人の「ある期待」の中身がはじめて理解できた。その直後に一言。「俺はもう麻痺のせいでできないんだ」老人は麻痺した片腕をわたしに見せて笑った。正直、これにはなんて返したらいいかわからない。その乾いた笑みは、どこか不自由になった身体の不思議を面白がっているようにも見えた。
 「患者のやりたいことをやらせてあげることが治療になる」わたしを案内した作業療法士は言った。最初、その言葉の意味がわからなかったが、ふと、病院見学を経てわたしはこう考えるようになった。老人がしていた箸を使ったリハビリは日常生活を支障なく送るうえで重要だ。けれど、元板前の老人にとって食生活に関わるリハビリはそれ以上の意味を持っている。これは老人が「日常」を取り戻そうとする意欲につながるのだろう。あの作業療法士は生活なかの基本的な動作を回復させるとともに、老人の日常にあった記憶を呼び覚まそうとしていたのではないだろうか。「患者のやりたいこと」とは患者が唐突に失ってしまった「日常」を思い出させるような作業であり、それを支援するのも作業療法士にとっての治療だとわたしは考えた。
 「お前もやってみろ」という言葉から荒っぽさが消えた。この瞬間、わたしの何気ない関心は、はっきりとした目標に変わった。    

       

安全振興作文コンクール優秀賞
(応募総数:1025作品)を受賞しました

  • 出身高校 神奈川県立瀬谷高校(現役)
  • 入塾時期 2017年3月
  • 合格大学 【東京農業大学 国際食料情報学部 食料環境経済学科】合格

受賞作品の全文

【タイトル:ゲンジボタル×テニス=「光」】 

 ローファーで走ったのが間違いだった。大粒の砂利が靴底をグイグイと押し上げてくる。足裏がとにかく痛い。弟の足が急に速くなって、途中でわたしは音をあげた。でも駐車場から走った甲斐があったというものだ。ゲンジボタルがそろそろ光を灯す頃になんとか間に合う。前日の雨でジメジメとした重たい空気かと思いきや、ワイシャツを肘までまくり上げた両腕から感じる温度は妙に心地よい。あたりに六月の風はなかった。全力ダッシュは疲れたが、どこかワクワクしてる。ひさしぶりに身体を動かしたら、先月、団体戦の2―1で惨敗した悔しい引退試合がドロリと脳に流れ込んできて、「いや~な」気分になる。もういい。あれはすでに終わったこと。
 十メートル先にいた親戚の顔がわからなかったほどの暗闇に、小さな光の群れが見える。灯しては消えてをくりかえし、その明滅が放つ生命力はけっして弱くない。小さな生き物にとって、人間の日常で生きることは簡単ではないはずだ。わたしが悩んでいた「日常」はこれに比べるとなんとも、お恥ずかしい。
 一年生の時にはテニスをすることが純粋に楽しかった。期待もされていなかったし、じぶんだけのことを考えて、ただボールだけを追っかけていればよい単純な日常だったから。二年生になると何もかもが重くなった。2リットルの水が入ったジャグも倍ぐらいに重たく感じる。朝、起きるのもつらい。どれもこれも、部活に行くことが憂鬱になった。この時期には部長としての責任という、重たい、重たい、「ヘルメット」をかぶらなくてはいけなくなった。周囲やら顧問の先生からの厳しい言葉を頭上から守らなくてはいけない。だから、頭がとにかく重たく感じたのだ。
 ゲンジボタルは環境の変化に敏感な昆虫のために、「指標昆虫」に指定されている。部長になれば、その人物が部の代表者、標本とされる。わたしは世界一、部長っぽくない「見せ物昆虫」だと思っていた。
 でも、テニスコートに立てば、澄んだ解放感がわたしを癒してくれる。対戦相手はわたしを左右に動かそうとして、意地悪にボールを打ってくる。そのぶん、ありがたく、がむしゃらに追っかける。たった一球で相手の感情、思いが伝わってくるような気がした。『イライラする』『もう疲れた』『生意気な奴め』みたいなメッセージが相手から届くような気がするのだ。だからわたしは、どんなところに打たれても、残り少ない力を振り絞ってでも走り、腕いっぱいにラケットを伸ばして相手の心をキャッチしたかった。そのボールに熱中する瞬間だけが、わたしを輝かせてくれるのだから。ゲンジボタルは生涯でたった二週間しか光を発しない。わたしが経験した「光」はどのくらいのあいだ輝いたのだろう。それがどれだけ短い時間でも、その輝きはいつでも想い出せる。これからどんな辛いことが待っているのかな…。でも、わたしにはこの「光」がある。だからきっと大丈夫!

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